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大聖堂を建てる職人の話

「なんで、ごちそうさまって言わなきゃいけないの?」

ある日、子供にそう聞かれました。

ごちそうさま。ありがとう。靴を揃える。
毎日のように「やりなさい」と言っていることほど、いざ「なんで?」と聞かれると、答えに詰まる。

大人は、経験上それをやっておいて良かったことを知っています。その先に何があるのかも、なんとなく見えている。だから「やりなさい」で済ませてしまう。でも、子供にはその先が見えていません。

今日は、子供との会話からはじまって、ぼくがずっと考えている「仕事と子育てに共通する一つのこと」の話です。少し硬い話になります。よかったら、お付き合いください。

目次

子供の「なんで?」に、ぼくはちゃんと答えられない

先日、こんなことがありました。

娘と息子が、お金を交換していました。娘の10円玉と、息子の100円玉。枚数が同じ一枚ずつだから、二人とも納得して交換していたんです。

大人からすれば、あり得ない。10円と100円を一枚ずつ交換したら、片方が90円損します。「それはダメだよ」と止めました。

すると、「なんで?」と。

……これが、改めて聞かれると難しい。

ごちそうさまも、ありがとうも、靴を揃えることも同じです。なんで言わなきゃいけないの。なんで揃えなきゃいけないの。ぱっと、ちゃんとした言葉が出てこない。

子供と話していると、こういう新しい気づきが、いつもあります。当たり前にやっていることほど、「なんで?」の前で立ち止まる。

三人のレンガ職人の話

少し、話が飛びます。

ある日、YouTubeのショート動画でこんな話が流れてきました。元をたどると、イソップ寓話の一つらしいです。「三人のレンガ職人」。

旅人が歩いていると、一人のレンガ職人がいました。「何をしているんですか」と聞くと、職人はこう答えます。

「見ればわかるだろう? レンガを積んでるんだ。このくそ暑いのに、大変だよ」

そこからしばらく行くと、レンガで壁を作っている人がいました。同じように「何をしているんですか」と聞くと、

「家族を守るために、丈夫な外壁を作っているんだ」

さらに離れたところで、大きな壁を作っている人に出会います。もう一度、「何をしているんですか」。

「千年残る、大聖堂を作っているんだ」

三人とも、やっていることは同じです。レンガを一つずつ積む。それだけ。
でも、見えているスケールが、まったく違う。

目の前のレンガしか見えていない人と、千年残る大聖堂が見えている人。同じ作業をしているのに、たぶんモチベーションは、まるで別物です。

現場にいる人ほど、目的が見えなくなる

これは、そのまま仕事の話になります。

ぼくは会社員を11年ほどやっていました。その経験から思うのは、現場で手を動かしている人ほど、「何のためにこれをやっているのか」が見えなくなりやすい、ということです。

とくに新入社員から3年目くらいまで。全体が見えている人からすれば必要な仕事でも、コアの部分しか見えていないと、一見무駄に思える作業はたくさんあります。「これ、なんでやってるんだろう」と思いながら、黙々とこなす。

そして、ここが大事なところなんですが——目的を伝えるのは、本来マネージャーの仕事です。

いまは「社員教育」という言葉を、毎日のように耳にします。でも、その教育の中で、「なんのためにこの仕事があるのか」を、マネージャーはちゃんと伝えられているでしょうか。

ぼくが会社員時代に見てきた範囲でも、人が足りない、人を大切にできていない会社ほど、この部分が抜けていると感じました。レンガの積み方は教える。でも、なんのために積むのかは、伝えていない。

その視点で社員との関わり方を振り返ってみると、少し見え方が変わってくるんじゃないかと思います。

子育ても、同じだった

そして、これは子育てにもそのまま生きる話だと、ぼくは考えています。

「あれをやっちゃダメ」「これをやっちゃダメ」「宿題やりなさい」。
行動だけを伝えている親は、とても多いと思います。

ぼくも、そうでした。

でも、「なんのためにこれをやるのか」を伝える。あるいは、「どうしてこれをやっていると思う?」と子供に聞いてみる。これは、けっこう有効な手段だと思っています。冒頭のお金の話も、「なんで?」と聞かれたからこそ、ぼく自身が考え直すことになったわけです。

ただ、ここで一つ、線を引いておきたいことがあります。

「将来いい仕事に就くために勉強しなさい」「裕福になるために頑張りなさい」。こういう、先人の知恵みたいな理由づけは、子供の教育にはあまりよろしくないと思っています。それは大人が用意した「正解」を渡しているだけで、子供が自分で考える余地がない。

理由を一緒に考えることと、大人の正解を刷り込むこと。似ているようで、まったく別物です。ここはしっかり線引きしなきゃいけないと、考えています。

言われて従うだけの生き方は、損をする

今日伝えたかったことは、シンプルです。

言われたことに、ただ従うだけ。それは、すごく損をする生き方だと思うんです。

「なんのためにやるのか」を考えると、新しい発想が生まれます。「それなら、こんなこともできるんじゃないか」と。逆に、なんとなく続けていただけの、やらなくてもいいことに気づけたりもします。

レンガを積んでいるのか、大聖堂を建てているのか。
やっている作業は同じでも、見えているものが違えば、生き方そのものが変わってくる。

子供に「なんで?」と聞かれたとき。
部下が、目的の見えないレンガを積んでいるとき。
そして、自分自身が「これ、なんでやってるんだろう」と思ったとき。

あなたがいま積んでいるレンガは、何のためのものですか。

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この記事を書いた人

地方で2児を育てるシングルファザー。
人と違う人生が嫌で、みんなと同じ場所を目指してきました。でもある時それが吹っ切れて、今は人と違う道に誇りを持っています。
ここでは、立ち止まる楽しさとその方法を、実体験ベースでお伝えします。

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